アルコール依存症からの回復

アルコール依存症という病気

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■飲酒をコントロールできない病気

アルコール依存症は、いわゆる「コントロール障がい」です。
以前は瓶ビール2本で十分に酔えたはずが、だんだんと同じ量では満足できず、同じ酔いの感覚を得るのに、ビール3本、4本、5本……と増えていきます(耐性の獲得)。このままいくとどうなるのでしょう。どんなに酒を飲んでも、「もう1杯」が止まらなくなります。

はじめは、まわりの人が先に気付くかも知れません。「お酒、そのへんで止めておいたら?」「もういい加減飲むのをやめたら!」「最近、隠れてお酒を飲んでいるみたい」など…。「よくそう言われるけど、自分は大丈夫。自分には関係ない」と思っていたら、アルコール依存症の疑いがあります。

飲む時間や飲む量、飲む場所すらコントロールが効かなくなっていく様子が、病気の状としてあげられます。生活の乱れ、人間関係の崩壊、身体への重大な悪影響へと、確実に向かっています。本人よりも周りが気付いていても、どう手を打っていいのかわからず、周囲を巻き込んでいく病気とも言えます。

■身体の病気

アルコール依存症者が1杯の酒を摂取後、しばらく飲まずにいると異常な反応が起きます。

アレルギーの一種に例えられるように、強迫的飲酒欲求を引き起こします。「渇望」という言葉がぴったりかもしれません。のどを潤すはずの飲み物が、アルコール依存症者にとっては、のどを乾かすものへと変わるのです。
酒が欲しいという症状は激烈なものとなり、大切なものを失っても、酒を求めてしまいます。

もはや自分の意志の力では酒を止めることができません。常に酔っている状態でないといられなくなり、病気がどんどん進行していって、しまいには死に至る寸前まで苦しみは続きます。苦しみからのがれるためには、酒を身体に注ぎ込み一瞬だけラクになることを求めますが、これは「錯覚」です。しばらくすると酒を飲みたくて仕方なくなり、また同じ繰り返しです。酒が切れてきたときの発汗や手の震えなどは、酒を求める「身体からのサイン」です。

アルコール依存症が、「本人の意志ではお酒をやめることができない病気である」ということを、たとえ酒を飲んでいる本人や、困っている周りが理解しているつもりでも、あれだけお酒を飲んで欲しくないのにまた酒を飲み、醜態をさらすアルコール依存症者の行動は、本人も周りも、わけがわからなくて苦しいことでしょう。

しかし、言動や行動、考え方全てが病気の症状であり、アルコールに対して身体的に依存しているために、酒が切れてきたことによる身体的症状なのです。
解決方法は、まず身体から完全にアルコールを取り除くことからはじめなくては、依存症者の行く末は死を待つ他ないのですが、酒を切る急性期に起こる禁断症状(離脱症状)を乗り越えてから、身体に酒を入れない期間をつづけることによって回復することは可能です。

■精神の病気

「もう酒はこりごりだ。もう飲まないでいよう」と思ったはずが、少し時間が経つと自分との約束を破り飲酒に向かうことは、お酒への精神的なとらわれが原因です。この精神的なとらわれは病気の症状です。

たとえば、アルコール依存症者がアルコール専門の病院に入院している時は、それほど飲酒欲求がなく、退院後しばらくして「もう大丈夫」と思って酒を飲み、死亡あるいは再入院という例には枚挙にいとまがありません。「もう大丈夫」というところが落とし穴なのです。

精神的な安心感を求める唯一の方法は、酒を飲むことではないはずなのです。疲れたとき、いらいらしたとき、眠れないとき、つらいとき、酒や薬を体に入れることが一番の解決方法と思ってしまうことが、精神的なとらわれを表している病気の症状なのです。

■霊的な病気

「酒が飲めないくらいなら死んだほうがましだ」
生きていくうえで大切なものがあります。信じること、希望をもつこと、愛すること、生きていることがうれしいと思えること…。

病気が進行するにしたがって、大切なものがだんだんとお酒へと変わってしまうことは、人間の魂に例えるならば、魂が酒を欲している状態、つまり一番大切なものが酒になってしまい、信じることや愛する事はどうでもよくなってしまう状態を「霊的」に病んでいると表現できます。

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