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和式便所に風呂釜はあるけどシャワーがない。湯沸かし器もなし。ベランダに洗濯機置場があるアパートに引っ越しが決まりました。福祉のおかげで引っ越しができたこの場所が、これから私の新しい人生の出発の場所でした。入院前までに住んでいたアパートに比べるとさみしく感じましたが、その時の私には充分でした。不思議な程前向きで生活が立て直せたらあわよくば別れた女房、子供が見直して帰って来てくれんじゃないかと思っていました。そして退院の日が来ました。
「多分飲んじゃうかもしれません。」酒歴発表と言う、退院の日に入院患者や病院スタッフの前で話すことがあり、その時に言ったのがこの言葉だったと思います。三か月の入院中に飲まないでいられた私は、退院したら酒はほどほどにできそうだし、今回の入院は淋しくて酒を飲み過ぎて生活がままならなくなり、身体的、精神的におかしくなっていたからで、やる気が出て思ったように身体も動く今は仕事も生活もうまくいくと思い込んでいました。
三か月入院した病院を後にして足取りも軽く自転車をこぎ戻ったアパートは、入院中にあらかた引っ越し準備も済んでいて、明日は引っ越し、家族で過ごしたアパート最後の日になるのでゆっくりしようと思いました。入院中に観たかった映画がレンタルされていたのでビデオ屋に寄り、映画を借りるとあとはビールとつまみだなと思いコンビニでためらいもなくビールを買ってアパートに帰りました。今思うと退院が決まった日から飲む気だったんだと思います。
次の日の朝、何回も鳴るチャイムの音で目が覚めました。酒が残った頭と顔で玄関のドアを開けると。「8時の約束でしたよね」少しムッとしながら引っ越し業者のお兄さんが立っていました。退院した翌日が引っ越し、次の日から日払いの仕事と自分では完璧なスケジュールのはずだした。二日酔いのまま引っ越し先のアパートに向かいました。
荷物を運び入れてもらうと一畳位の空間と人が通れる幅の段ボールの中であのやる気はなくなり、何とも言えない不安感と身体不調が出てきて、取り敢えず落ち着くための酒を買いに出ました。仕事はおろか荷ほどきもせず入院前に苦しんだ連続飲酒に入っていきました。

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