←Oさんの場合をはじめから読む
←Oさんの場合(8)へ

便器壊しちゃった。

20歳過ぎてだいぶ酒の量も増えて、だんだんに生活が酒中心のものになって行きました。日本酒を飲み過ぎた日に、これだけは絶対に手を付けたくないと思っていた覚せい剤を使うようになると、自分でも落ちて行くのが少しはわかるようになります。薬の売人を資金源にしていた組の男と付き合うようになりました。けれども、一緒に暮らし始めると「薬には手を出すな」と言い出されるのです。もちろん警察が目をつけやすいからだと分かっていましたが、その時の私は薬にもおぼれていたので簡単なことではありませんでした。いつも注射器が頭の中にあって、掃除をするのも買い物に出るのも考えることはそれだけでした。
その欲求を晴らすように酒は余計に必要でした、焼酎の強いやつをそのままラッパ飲みしていました。喉から焼けるような痛みが走っても飲み続けていました。酒を飲み過ぎると呼吸するのが苦しくなります。その時は医者からだまして手に入れた精神薬を多量に飲みます。ある時、精神薬で完全にでき上ってしまった時に警察に保護されました。警察署に行くまでの記憶がないので、いつものように暴れたんです。腕を見られて以前の注射のあとがあることから尿検査となり女性警察官にトイレに連れて行かれました。和式トイレで鍵はかけさせてくれません。便器の中にはたばこのフィルターを入れられて、トイレを流したかどうかわかるようにしてありました。
またそれを見て腹を立てた私はトイレの中で暴れるんです。足で便器を蹴り上げて、ドアから何からすべて破壊しようとして、気が付くと便座を左足のくるぶしで割っていました。警察から救急で病院に搬送されて治療を受けます。くるぶしを何針かぬっていました。薬の反応は出なかったので捕まりませんでしたが、病院の支払いも自分ではやらず帰って来てしまっています。テキトーに酒を消毒だと足にかけて、抜糸は自分でしました。忘れかけていたころに警察から連絡がありました。警察の便器の修理代の請求でした。またまたまた父に押し付けました。「警察に不当な扱いを受けた」なんて嘘をついて自分は知らん顔でした。
もうあれから25年以上過ぎますが、雨が降る日が続くとくるぶしがうずきます。
自分の心も体も痛め続けてきたと思います。