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「お前死ぬつもりだったんだろう」何回目かの取り調べの時に刑事さんに言われました。私は飲んだくれていてあんまり覚えていなかったのですが、私のアパートに刑事さん達が調べに入った時に、現金とFAXの感熱用紙に書いた子供宛ての遺書が見つかったそうです。現金は少額ですが、別れた女房に渡そうとしていたものだと思います。遺書は酔って書きなぐったものでした。この証拠のおかげでお金目当てではないことを信じてもらえたのか、酔って自暴自棄になり騒ぎを起こした馬鹿な奴という取り調べになり、二十日勾留されたのち不起訴になり、釈放されることとなりました。検事さんにはしっかり怒られました。拘置所まで覚悟していた私ですが、前科がつかないで釈放されるのは刑事さんがちゃんと調べてくれたおかげだと思います。
鉄格子の留置所から出て番号ではなく名前で呼ばれ別室で着替える時、事件の時に着ていたスーツとベルト、携帯電話、靴を見た時には泣きそうになりました。当時勤めていた会社の社長が身元引受人になってくれて警察署まで迎えに来てくれました。刑事さん達に頭を下げ、警察署を後にしました。一人で帰れるからと社長に頭を下げ、ゆっくりと歩いて家に帰りました。帰り道に何を考えていたのかは思い出せないのですが、ひとつ山を越えた位の感覚しかなかったと思います。あの時と変わらない部屋に帰ると自由だけが頭の中で駆け巡ってきてあの時と変わらず酒を買いに出ていました。何も変わらない自分。変えられない自分。二十日間も大変な経験をしたのに、私の真ん中にある【酒】はびくともしていませんでした。
それでも頑張って生きて行こうと思い仕事も生活も立て直そうするのですが、真ん中にあるものが変わらないので一杯の酒を飲むと一週間、二週間飲み続け「幻聴、幻覚、救急車」の相変わらずのコースというより前よりも段々とひどい状態になって事件から2年後に力尽き、精神病院のアルコール病棟に入院しました。

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